デヴィッド・ボウイの死を乗り越えて

2019年8月6日

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デヴィッド・ボウイがこの世から去って1ヶ月余りが過ぎた。

あまりにもショックが大きすぎてこの1ヶ月何となく過ごしてしまったけど、最近になってニューオーリンズで行ったデヴィッド・ボウイ葬送パレード「Pretty Thingsz」の映像を観たりして「あーやっぱり死んでしまったんだな」とようやくその死が受け入れられるようになってきた。

ボウイの死去を知ったのは1月10日、夕方のニュースだった。
ニュース画面にボウイの写真が登場したので最初はニューアルバムのプロモーションで来日するのかな?と思った。

しかし次の瞬間にニュースキャスターは、デヴィッド・ボウイさんがお亡くなりになりましたと伝えていた。
何だか訳が分からなくなったが、混乱した頭であちこち確認してデヴィッド・ボウイが死去の記事をとりあえず書いた。

次の日になったらこのブログのアクセス数がいつもの8倍以上に増えていた。
コツコツと書いてきたデヴィッド・ボウイCDアルバムレビュー一覧にアクセスが集中していた。

もちろんアクセス数新記録だが、ボウイの死がきっかけじゃちっとも嬉しくなかった。
その日は気付いたら突然涙が流れて止まらなくなったりする事が数度あった。

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目次

灰から灰へ

ボウイの遺体は、家族すら同行させずに火葬されたという。
ゾンビなんて映画がある位だから、アメリカでの火葬は、かなり珍しいことのようだ。

この火葬のエピソードを聞いたときに、真っ先に頭に浮かんできた曲が、『アッシュズ・トゥ・アッシュズ』(灰から灰へ)だった。
スケアリー・モンスターズに収録。
やっぱりボウイ本人もこの曲があったから火葬にしたんだと思う。

そして葬儀はまったく行なわなかった。
私は以前から墓や葬式は意味がないと思っていて、墓参りや法事も必要最低限に参加してきたし、自分の墓も葬式も必要ないと思い続けてきた。

それは日本では相当マイノリティな考え方だとは分かっていたが、ボウイの人生の終わり方を知ってやっぱり自分の考えは間違っていなかったと思った。
そして、自分が何故ここまでデヴィッド・ボウイに魅かれ続けてきたのかも分かった気がした。

世界中の異端者へ

マドンナが追悼コメントで彼はまわりと自分が違っていても良いと教えてくれたと熱く語っていたが、これこそボウイの本質だろう。

異端者こそ美しく、尊い。

このメッセージに世界中のどれだけのはみ出し者が救われただろうか。

初孫が誕生予定

最後に明るいニュースもあった。
ボウイの息子の映画監督、ダンカン・ジョーンズに6月に子供が生まれる予定だという。
去年のクリスマスにボウイには伝えたそうだから初孫の誕生は知っていたという事になる。
ダンカンは、下のイラストとともにTwitterでこうつぶやいた。

ダンカンのイラスト

「今日で父が亡くなってひと月だ。クリスマス、彼のためにこのカードを作った。6月誕生予定だ。命の輪。愛してる、グランパ」

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