アメリカン・ミュージック・アワードと縮小化するポップマーケット

2019年12月2日

スポンサーリンク

アメリカン・ミュージック・アワード

先日、BSでアメリカン・ミュージック・アワードという番組を観た。

全米のミュージシャンから選出されるアメリカの4大音楽賞のひとつで大変名誉、格式ある賞のようだ。
そういや毎年やっているような気がする。

ネットをしながらで最初から最後までしっかりと観たわけではないのでこんな事を言うのもなんだが、まったく引っかかる曲、アーティストは皆無だった。

悪くはない、だけどあまりにもクセがなく洗練されすぎではないだろうかと。
売れる音楽なんてそんなモンだろうと言われてはそれまでだが。

会場の観客は熱狂しているし、中には何100万枚も売れている楽曲もあるそうだ。

だけどその熱がこちらまで伝わってこない。

アメリカ発のアメリカ止まりの音楽と言った印象を受けてしまう。
これってどっかで見た様な・・・

スポンサーリンク

世界中の音楽が自国止まりになっている?

日本のポップミュージックはJ-POPと呼ばれている。
どこか別称的な感じで抵抗感があったがすっかり定着してしまった。

かつては欧米の音楽のサルマネだった日本のポップミュージックは徹底したマーケティングの結果、日本人の好みに合うようにメロディ、アレンジ、歌詞、などを一般的なリスナーのニーズに合わせてきた。

その結果、お手本にした欧米のポップミュージックとは一味ちがった音楽が出来上がったわけだが、世界的には受け入れられているとは言いがたい。

日本人のニーズに合わせてあるから外国人の感性に合うかはわからない。

もちろん外国人でも好きで聴く人はいるが、基本的に日本人の嗜好に合わせた日本人による日本人のための日本どまりのマニアックな音楽。

世界的に見ればそれがJ-POPなんだろう。(日本における香港や韓国のポップスの位置づけを思い浮かべればわかりやすい)

アメリカン・ミュージック・アワードを見て思ったのはもう日本人にとってアメリカでどんな音楽が売れて評価されているかはもうさほど重要ではないのかも知れないと言う事だった。

かつてマイケル・ジャクソンやマドンナの新曲を知っているのは洋楽ファンだけじゃなく一般的な音楽ファンにとっても常識だった。

しかし今回のアメリカン・ミュージック・アワード受賞者のドードリーの新曲どころか存在そのものが日本の一般的な音楽ファンにどの程度知られているのだろうか?

ほどんど知られていないんじゃかいかな。

別にドートリーが悪いんじゃない。

実際、曲も良いし賞をとるのはこんな音楽だろうと思う。

ただ以前の米英の音楽賞ってどう考えてもその場にふさわしくない場違いな胡散臭いヤツが1人はいたような気がするが、今回はそんなミュージシャンは1人もいなかった。

まるでマーケティングで「売れる」音楽を追求した結果、ゴツゴツした岩を磨いてツルツルの球体になって引っかかる部分がないというか、
何かキレイさっぱり浄化されてしまったような印象を受けた。

そこにあったのはアメリカ人の嗜好に合わせたアメリカ人によるアメリカ人のためのアメリカどまりのA-POPのように思えた。

スポンサーリンク